15 ただ、『ペストの記憶』は感染症に対する医学的・科学的な研究書ではないので、ペスト流行への具体的かつ決定的な解決策は示されていません。そもそも17世紀のペストと現代のコロナではいろいろと違う点があるので、解決策が出ていてもあまり参考にならないとは思いますが。その代わり、この本を通して読むことで、現代の読者は感染症問題を複眼的に見ることができます。そして、このような感染症に襲われたときの人間行動のパターンを認識するだけでもさまざまな面で役に立つことがあります。 『ペストの記憶』のような文学作品を読むことで、答えのない問題に直面して適切に恐れることができるようになるでしょうし、答えが出ないからといってパニックに陥るのでもなく、過度に楽天的になるのでもなく、適度に恐れることが可能になるのではないかと私は考えています。 そのような観点で、『ペストの記憶』の冒頭を少し見てみたいと思います。当時、ロンドン市長がロンドンにおける死者の統計を毎週発表していたのですが、その数値を見ながら人々が希望を抱いたり失望したりしたことがかなり長く書いてあります。しかし、最終的に市民は報告書の数字にだまされませんでした。「自ら家々を調べ、本当はペストが隅々まで拡散し、多くの人が日々死んでいることを知ってしまった」ということが書いてあります。今回のコロナ禍では、感染者数や死者数を日々見ながら、はらはらして私たちは過ごしているわBill of Mortality 1665 (Great Plague of London), UK
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