次世代コンピュータ:AIのオルタナティブな歴史と未来
1980年代、日本の通商産業省はアメリカで生まれつつあった新興コンピュータ産業を追い越そうと、第5世代コンピュータ(FGCS)プロジェクトに10年間取り組みました。対するアメリカは戦略的コンピューティング・イニシアチブ(SCI)を打ち出し、それから10年間、日米両国の国益と経済的利益にとってますます重要となりつつあった初期段階のコンピューティング技術に前例のない投資が続けられました。
こうした競争の中心に位置したのが、比較的新しい人工知能(AI)分野でした。新しい分野とはいえAIは両国にとって、すでにコンピューティングの将来ビジョンを象徴するものとなっていましたし、コンピューティングが実現しうる社会を示すものでした。しかし、「AI」は両国においてまったく同じものを意味したわけではありませんでした。
アメリカとは異なる思想的伝統、言語的文脈、技術の実態、経済・社会ビジョンに依拠した日本のFGCSプロジェクトは、アメリカのAI研究コミュニティのビジョンに比べて、社会・経済構造によりしっかりと組み込まれたAIビジョンを掲げました。当時書かれた多くのAI発達史、なかでもアメリカのコンピュータ産業とAI研究コミュニティの視点で書かれた文献は、FGCSプロジェクトを不可解な失敗とみなしています。この時期に訪日したアメリカの研究者は、当時のアメリカのAI研究の目標や関心がFGCSプロジェクトに反映されているとは見ず、その結果、FGCSプロジェクトの目的がアメリカとどう違うのかを理解しませんでした。
ところがあれから40年を経て、国際的なAI研究コミュニティは、産業と政府における近年の急速なAI技術の商業化と普及に伴い、社会におけるAIの役割について、FGCSプロジェクトが1980年代に取り組んだ課題の多くに直面しています。こうした歴史を振り返り、FGCSプロジェクトで描かれたAIのビジョンが、AIと社会の将来のあり方について、何らかの指針や示唆を与えることができるのかについて再考する価値があると考えます。