翻訳された近世キリスト教文献―知の出合いと融合の場
本プロジェクトでは、近世のヨーロッパとアジアが異文化と出合う中で、知識の交流と融合がどのように進んだのかを研究します。まず、これまで十分に研究がされてこなかった、1607年マニラ刊行の、ドミニコ会士トマス・マヨールによる漢訳教理書『格物窮理便覧』を取り上げます。これは、スペイン人神学者ルイス・デ・グラナダの『使徒信条入門』を底本にしたと考えられています。また日本でも、『使徒信条入門』を原典として『フィデスの導師』(1592年)と『ひですの経』(1611年)がイエズス会士によって編纂されました。グラナダはスペイン語原典において、4つの要素で構成される物質世界、すべての被造物の居場所が定められたバランスの取れた自然界、完璧な人体を観察し、造物主の存在と力を観想するための信条を示しています。グラナダの原典の漢訳版と日本語版はキリスト教の教義を伝えると同時に、世界の物理的側面をキリスト教に基づいて理解するための枠組みを提示しています。
本プロジェクトはスペイン語原典、2種類の日本語版、漢訳版を比較検討して、これら3者間の知の交流をより動的に描き出そうとするものです。たとえば、当時のヨーロッパの解剖学の知識をもとに、人体に関する概念がこれらの翻訳版で紹介されています。「経絡」「血気」など東洋医学の諸概念を用いて、人体に関する新しい知識が翻訳され、翻訳の過程で東洋医学の概念がずいぶん入り込みました。こうした例は他にも多くあり、多層的な知の伝統が異文化と出合ったときにどのように相互作用するのかを考察します。
宣教師と地元の協力者らが書物の翻訳・編纂に際して用いたアプローチに何が影響したのかをさらに分析するために、特に漢訳版のために宣教師が自由に使えた資料を明らかにしたいと考えています。仮説としては、中国南部やフィリピンの華人街には広く普及した百科全書や生活便覧があって、それが漢訳版を編纂した宣教師の用語や文体の選択に影響したというものです。
『格物窮理便覧』はヨーロッパのアーカイブや図書館で4部しか所在が確認されておらず、研究者であっても容易に入手できません。現在はデジタル版にアクセスできますが、当時印刷された多くの漢書と同じく、この書物に使われている漢字の書体に独特の変形があり、理解や分析を困難にしています。本プロジェクトでは、TEI(テキスト・エンコーディング・イニシアチブ)ガイドラインに基づいて、『格物窮理便覧』のデジタル校訂版の作成にも取り組み、より容易かつ持続的に利用できるテキストを、より広範な研究者に提供したいと考えています。
photo credit: Leiden University libraries digital collections Gewu qiongli bianlan, f012v-013r Creative Commons CC BY License https://digitalcollections.universiteitleiden.nl/view/item/1557378 link to out of site page JSPS Grant-in-Aid for Research Activity Start-up (20K21921) Comparative Study of Early Modern Catholic Texts in Asian Languages - on Gewu Qiongli Bianlan, a Chinese catechism published in Manila https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-20K21921/