持続可能な未来に向けた学びを再考する
執筆者 Trent Brown, Kaori Mita, Jesse Rafeiro, Laur Kiik, Cecilia Grandi-Nagashiro
地球規模の持続可能性という課題に取り組むには、コレクティブ・ラーニングのプロセスが必要となります。つまり、私たちは人類全体として、これまでとは違う方法で物事を学ばなくてはなりません。しかしながら、既存の学びの理論はこの方法を十分に概念化できているのでしょうか。
従来、学ぶという行為地球規模の持続可能性という課題に取り組むには、コレクティブ・ラーニングのプロセスが必要となります。つまり、私たちは人類全体として、これまでとは違う方法で物事を学ばなくてはなりません。しかしながら、既存の学びの理論はこの方法を十分に概念化できているのでしょうか。
従来、学ぶという行為は、教師(知っていると想定される人)と生徒(無知であると想定される人)の間にある指導的関係性として理解されてきました。生徒が習得する(と期待される)のは、教師が持っている知識です。しかし、一般的な学びのプロセスにおいて、とりわけ持続可能性への移行に必要とされる学びの理論化において、この理解では不十分であり、その理由として少なくとも以下の5つを挙げることができます。
第一に、持続可能性への移行のための学びには、教師から生徒への一方向の知識の伝達ではなく、複数の主体が多様な知識や視点をもって関わり合うことが不可欠です。ヴァン・ミエルロとビアーズ(van Mierlo & Beers, 2020)が論じているように、この学びは一方的なものではなく、必然的に相互的かつ協働的なものです。そこには、オープンかつ受容性と寛容さを持ち合わせた精神、つまり互いに学び合う意欲が求められます。そのため、持続可能性への移行に関する近年の研究(Scholz and Methner, 2020など)では、多様な主体が相互依存の関係を形成する過程でおきる学びのプロセスに重点を置く、ソーシャル・ラーニングの理論が有用であることが分かってきました。
第二に、持続可能性という課題には、新しい知識だけでは取り組めません。私たちの行動そのものを根本的に変える必要があるのです。私たちは持続可能性の理論だけでなく、実践も学ぶ必要があります。そのためには、知識の獲得だけでなく、スキル、性質、価値観の習得を含めた学びのモデルが必要となります。ヴァン・ポエックら(van Poeck et al., 2020)が論じているように、現在の危機的状態をもたらした要因の一つが既存の知識であるならば、「すべきこと」の一覧や知識を得たとしても解決にはつながらないでしょう。私たちは体験を通して学ぶというスキルを生み出す必要性に迫られているのです。
第三に、持続可能性のための学びは、正規の教育現場だけに限られるものではなく、より継続的なプロセスです。そのような学びは持続可能性の課題が「解決」に至る応用的状況の中で生じるものです。持続可能な実践の学びを進めるために、私たちは暮らし方や働き方、制度を変革することができるでしょうか。そのためには、どのような学びの理論が必要でしょうか。実践共同体の理論(Lave & Wenger, 1991; Wenger, 1999)は、日々の経験の中で生じるものとして学びをとらえる一つの方向性を示してくれますが、そこで得られた知見を標準的な教育理論と実践に統合していく必要があります。
第四に、教育者は自然に対する態度を根本的に変える必要があるといえます。自然というものを自ら行動できない学びの対象としてみるのではなく、人類の学びの師として自然がもつ主体性と能力を認識する必要があるでしょう。「ワイルド・ペダゴジー(野生の教育学)」運動は、生徒が自然に耳を傾け、自然を気遣い、自然の声に応えるよりよい方法を身につけられるような教育へのアプローチを推進しています(Blenkinsop et al., 2022を参照)。「ワイルド・ペダゴジー」の実践には依然として多くの課題がありますが、この重要な歴史的(おそらく画期的で地質学的)局面において、教育の変革的可能性に再び取り組むための有望な枠組みです。
第五に、教育に関する内容やプロセスを変える必要があるだけでなく、教育の目的、つまり社会における教育の機能を問い直す必要があります。ウォーリン(Wallin, 2007)が論じているように、教育機関とそこで授けられる知識というのは、教育の目的は仕事の世界に備えるという期待を前提とするものです。教育の制度的使命を特徴付けているこの論理そのものが、人新世において生命が直面する課題に対処する能力を備えていないとすればどうでしょうか。教育が備えさせようとしている「仕事の世界」が破壊的であり、根本的に見直さなければならない状況にあるとしたらどうでしょうか。私たちは教育の社会的使命を再考することができるのでしょうか。
東京カレッジの「持続可能性と社会」共同研究グループでは「持続可能性に向けた学び」をめぐる最新の理論や研究を考察し、研究と実践のさまざまな領域の枠を超えておきている持続可能性への移行を理解するために、ふさわしい学びのプロセスに関して斬新な解釈を探求しています。また、東京大学内外において、上述したような変革をもたらす学びを促進する革新的な教育実践の事例に注目しています。
東京カレッジを拠点としてこれらのテーマに直接関わる研究に取り組んでいる研究者をご紹介します。
・Jesse Rafeiroは、デジタル遺産とエコ神学を建築教育に取り入れた研究を行なっています。現在、ポルトガルのサンタ・マリア・ダ・アラビダにある16 世紀カプチン派修道会の「生活形態」の没入型学習体験に取り組んでいます。景観と建築物が全体としてつながり合い融合して存在するアラビダの修道院は、さまざまな意味で、現代生活へのアンチテーゼとして解釈することができます。この事例研究は、キリスト教の信仰を本質的に反生態学的信仰体系として特徴づける考えに疑問を呈しています。実際、フランシスコ会の宇宙観は、神の顕現、つまり「神の啓示」的なもので、すべての存在がその本質的な価値として認識されます。没入型学習体験という学びの環境で、学生は規範的な人間中心的倫理を超えたオルタナティブな考え方や建築物に触れるだけでなく、その場所自体の文化的持続可能性にも寄与することができます。
・三田香織は、社会技術的移行の観点から持続可能性への移行、特に民間部門の役割に焦点を当てて、アラブ湾岸地域における再生可能エネルギーおよびクリーンエネルギーシステムへの移行について研究を行なっています。この地域の資源豊富な国々は、途上国や新興経済国にとって重要な従来型エネルギー供給の役割を担いながら、再生可能エネルギーを中心とした新産業の育成と新技術の導入により、環境的にも経済的にも持続可能な未来に向けて進んでいます。こうした持続可能性への移行の一環として起きる制度的学習の形態について研究しています。
・Trent Brownは、インドの農村部における技能開発に関する研究を行なっています。新しい農業技能を習得するプロセスにおいて、多くの場合、人間と人間以外のアクターとの正規の学びと非正規の学びの双方が関わっていることを考察しています。インドのパンジャーブ州の養蜂コミュニティの実践に関する現在のプロジェクト(Syed Shoaib Ali 、Catherine Phillipsとの共同研究)では、養蜂のスキルを習得するためには、ミツバチと地元の生態系に対して積極的で気配りと思慮深さを伴った配慮がいかに必要であるかを明らかにしています。ミツバチを教師と見なす養蜂家のふるまいは、特定の活動や環境における一般的な学習方法がすでに「ワイルド」であることを示しています。
・Laur Kiikは、革命や戦争が持続可能性についての学習と教育の場になり得るかどうかを探求しています。大規模採掘、伐採、水力発電、単一作物プランテーションなど膨大な天然資源の収奪が行なわれてきた、ビルマ(ミャンマー)、中国、インドに接する高原に住む少数民族カチンの人々の中では、新たな環境保護の意識が高まっています。この生態学的配慮をめぐる学びと教育は、カチン民族運動、キリスト教そして精霊信仰(アニミズム)の中から生まれてきました。現在、カチン民族主義者、欧米やミャンマー人の野生生物保護活動家、そして古代林と野生動物、それぞれが戦争という状況下で懸命に持続可能な生活を形成しようとしています。
・Cecilia Grandi-Nagashiroは、東京大学教養学部のグローバル・ファカルティ・ディベロップメント・イニシアチブのメンバーとして、現在起きている環境危機の文脈におけるファカルティ・ディベロップメントに取り組んでいます。「内省、適応、聴く、話す」という4つの考えを中心にしたアプローチです。第1段階では、教員は自分が行なってきたこれまでの教授法と教育哲学を内省し、新しいアプローチに適応し、環境問題によって不確実性が高まっている未来を生きる学生たちが抱く懸念について傾聴し、理解するよう促されます。第2段階では、これら重要なテーマについて教員と学生の間で有意義な対話が行なわれ、オープンかつコラボラティブに「対話」ができる場が作りだされます。最終目標は、教員のスキルを上げ、学生が自信を持って未来に立ち向かえるように準備をすることです。
参考文献
Blenkinsop, S., Morse, M., & Jickling, B. (2022). Wild Pedagogies: Opportunities and Challenges for Practice. In M. Paulsen, J. Jagodzinski, & S. M. Hawke (Eds.), Pedagogy in the Anthropocene: Rewilding Education for a New Earth (pp. 33-51). Palgrave Macmillan.
Lave, J., & Wenger, E. (1991). Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation. Cambridge University Press.
Scholz, G., & Methner, N. (2020). A social learning and transition perspective on a climate change project in South Africa. Environmental Innovation and Societal Transitions, 34, 322-335.
van Mierlo, B., & Beers, P. J. (2020). Understanding and governing learning in sustainability transitions: a review. Environmental Innovation and Societal Transitions, 34, 255-269.
van Poeck, K., Östman, L., & Block, T. (2020). Opening up the black box of learning-by-doing in sustainability transitions. Environmental Innovation and Societal Transitions, 34, 298-310.
Wallin, J. J. (2017). Pedagogy at the brink of the post-anthropocene. Educational Philosophy and Theory, 49(11), 1099-1111.
Wenger, E. (1999). Communities of Practice: Learning, Meaning, and Identity. Cambridge University Press.