東京カレッジ訪問研究員リポート(2) 学問分野の境界を越えて—学際的研究機関における経験
Lianara Patricia DREYER(東京カレッジ 訪問研究員)
私にとって東京カレッジでの研究は、木工に関するフィールドワークのためだけではありませんでした。実はそれよりも東京カレッジそのものに関心がありました。東京カレッジは2019年に設立された比較的新しい組織で、設立からほどなくして新型コロナウイルスのパンデミックに見舞われ、困難に直面しました。私の研究プロジェクトでは東京カレッジのこれまでの歩みと、さまざまな分野の研究者が互いにどのように協働しているのかを調べました。多彩なメンバーに半構造化インタビューを行ない、それぞれの研究について理解を深め、研究会やイベントに参加しました。こうした交流をとおして、言語分析、技術の社会的定着に関する研究、インドにおける工芸技能向上に関するフィールドワークなど、さまざまなプロジェクトに取り組む研究者と出会いました。これらはいずれも独立したプロジェクトですが、日本の木工に関する私のフィールドワークと同様に、考察や討論が必要です。私はその機会を東京カレッジで見つけました。
写真5:私のホームベース:オフィス
学際的な共同研究
東京カレッジでは数多くの研究会が開かれ、議論がなされています。共同研究プロジェクトもあり、メンバーは一つの共通テーマのもとで共同研究に取り組んでいます。私は伝統的な木工を研究していましたので、遺産研究プロジェクトに呼ばれ、論文の草稿を読みあい、議論しました。この研究会はテキスト分析にとどまらず、Andrew Gordon教授とともに、かつて石炭産地であったいわき市を訪ねました。元鉱員が設置し、現在はその子息が運営する資料館で地域の歴史を学びました。石炭産業の衰退にめげず温泉レジャー施設「スパリゾートハワイアンズ」を開業するなど、市が観光事業で街を活性化させていることに驚きました。温泉旅館「古滝屋」も訪ねました。2011年に福島県大熊町を襲った津波と原発事故の犠牲者を追悼する展示ルームが館内にあります。ここを訪れ、津波と原子力災害が相互につながっていることがはっきりわかりました。
週2回オンラインで会する、論文作成のための研究会もあります。私は訪問研究員として参加する機会を得て、進行役も何度か務めました。この研究会の目的は論文作成を手助けし、実のある研究活動を促し、参加者同士でサポートし合うことにあります。オンラインですから、フィールドワークに出たり、リモートワークをしたりすることが多いメンバーも参加できます。
「進行中の作業」(と題する隔週のセミナーは、論文草稿について分野横断的に議論する場になっています。論文の草稿を披露し、他の参加者から感想や意見をもらいます。WiPセミナーは二つの点でユニークです。第一に、まだ執筆中の論文に対してフィードバックをもらい、推敲を重ねることができます。第二に、研究仲間である参加者から建設的なフィードバックが寄せられ、再考すべき点などを指摘してもらえます。訪問研究員の私は、社会的文脈へのデジタル技術の導入について同僚と共同論文を執筆中でしたので、その草稿を披露しました。
(公開)イベント、ネットワークづくり、交流
東京カレッジにはメンバー同士のイベントのほかに多彩な公開イベントがあります。一般市民向けに企画され、多くは録画され、YouTubeで公開されています。さまざまなトピックが取り上げられますが、東京カレッジの共同研究プロジェクトの主要テーマに沿った企画になっています。紹介したいイベントはいくつもありますが、ここでは、野生の教育学をテーマとしたBob Jickling教授の講演と、2016年発表の『コンビニ人間』で第155回芥川賞を受賞した村田沙耶香氏との対談を挙げておきます。さらに、3月末に東京カレッジ長を退任された羽田先生との対話は特に印象深いものでした。羽田先生は東京カレッジのメンバーと気さくに接し、自身の知識や経験を語ってくださいました。リーダーとして範を示され、若い研究者を快く迎えてくださいました。
正式な研究プロジェクトとは別に、東京カレッジのメンバーが顔を合わせる場が二つあります。一つは新任メンバーの自己紹介セッションです。私は何人かの招聘教員の自己紹介セッションに参加しました。その一人であるJean Louis Viovy教授は生物物理学、生物分析科学、マイクロ流体工学の研究について話をされました。これは、人文科学、社会科学、自然科学、経済学など、さまざまな分野の研究者が対話する数あるイベントの一つにすぎません。私も自分の研究を紹介し、仲間と議論する機会を得、貴重なフィードバックをもらいました。
もう一つ、毎週のお茶会も研究員が集まる場になっています。私はそこで、ケアや健康上の理由でリモートワークを好まれる研究者と出会い、東京カレッジや東京大学の先生たちとも出会いました。この空間では誰もが平等で、地位(教員、ポスドク研究者、特任研究員)による区別はなく、すべての参加者が対等に話せます。こうしたお茶会は経験豊かな研究者とつながる機会を若手に与えてくれますし、ベテラン教員は次世代の研究者の関心分野について助言し、若手のプロジェクトをサポートすることができます。
写真6:高尾山からの風景
東京カレッジでの協働は、コミュニティ活動によってさらに広がります。これはたいてい個々のメンバーが提案・企画します。特に思い出深いのは高尾山へのハイキングで、前副カレッジ長の味埜先生がしっかり道案内をしてくださいました。ハイキングの後はスーパー銭湯「竜泉寺の湯」八王子みなみ野店でゆったりお湯につかり、食事をともにしました。寺田悠紀さんが企画した「日本科学未来館」訪問も忘れられません。東京カレッジ招聘教員のLeslie Bedford博士とFrank Upham博士も同行されました。この未来館訪問で博物館の設計のありようについて見方が変わりました。東京カレッジでの活動をすべて記すことはできませんが、5月の焼き鳥パーティには触れておきましょう。私の30歳の誕生日を祝ってくれたのです。来日して日が浅いのに仲間と焼き鳥屋でお酒をいただきながらひとときを過ごすことができ、感謝しています。
写真7:日本科学未来館のロボット
最後に、東京カレッジの運営スタッフに心から感謝申し上げたいと思います。日本語の知識が十分でない外国人にとって、スタッフのサポートがなければ、ビザの取り扱いや自治体での事務手続きはできなかったでしょう。外国人が直面するこうした課題を理解し、サポートするということも、東京カレッジの国際性をはっきり示しています。
日本滞在中、東京カレッジはつねに私の活動拠点でした。眺めのよい素晴らしい研究室が与えられたというだけではありません。学際的な交流の場であることこそが東京カレッジの際立った特徴です。研究プロジェクトの実現に必要な研究体制を整え、必要なサポートをしてもらえます。東京カレッジを成り立たせているのは物理的なインフラではありません。東京カレッジに活力を吹き込む野心的でひたむきな研究者たちです。東京カレッジの強みは、自らの研究に情熱を傾けて取り組む研究者たちの存在にあります。ここにはメンバーが支えあってともに研究する雰囲気があり、往々にして競争的な学究環境とは一線を画しています。
ですから日本を離れるのはほろ苦い気分でした。訪問研究員としての期間が終わって涙が浮かぶのですが、東京カレッジでの数々の経験を持ち帰れると思うと笑顔になれます。東京カレッジを訪ねるのはこれが最後ではないでしょうから。