東京大学におけるバイリンガリズムの授業の実践(前編) - 東京カレッジ

東京大学におけるバイリンガリズムの授業の実践(前編)

2024.09.02
Tokyo College Blog

この著者の記事一覧

このブログ記事は、東京大学で行われた2024年度全学自由研究ゼミナール『バイリンガリズムのさまざまな側面』の授業の一環で作られました。

Lidiya SHAMOVA(講師, 東京カレッジ ポストドクトラルフェロー)

【授業概要】「グローバル化する世界でバイリンガルになるとは?バイリンガリズムと文化、医療、音楽、教育、ビジネスの接点はどこにあるのか?

このコースでは、言語学と他の科学との学際性に焦点を当て、様々な視点からバイリンガリズムを紹介することを目指す。同化から多文化主義への世界の変遷を論じ、バイリンガリズム、ダイグロシア、マルチリンガリズムの主な定義を明らかにしながら、日本とヨーロッパの具体的な事例から3つの異なるバイリンガル・バイカルチュラル社会の違いを説明する。バイリンガルのヒトの脳の変化に焦点を当てる授業、革新的な研究のベースとなる音楽を通してバイリンガリズムとコミュニケーションのつながりを説明する実験的なパートを含む授業を展開する。」

受講生は、ビジネス・コミュニケーションの分野におけるバイリンガリズムの重要性についてゲストの講義を聴いたり、多言語環境における外国語教授法に関するワークショップに参加したりする機会に恵まれました。コースの最後には、多言語による匿名調査の実施と科学的文章の執筆に関するワークショップを行い、受講生は学際的アプローチに基づいてトピックを選択し、短いバイリンガルの文章を書く機会を得ました。

このような素晴らしい機会を与えてくださった東京カレッジのサポートに深く感謝いたします。

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言語喪失とバイリンガリズム(津田 弘基 東京大学 学部生)

新しい言語をマスターする方法に多くの関心が寄せられていますが、学習した言語を忘れてしまう研究も重要視されています。

私は日本の家庭に生まれ、フランスで幼少期を過ごしながら英語を学びました。15歳までに、英語、フランス語、日本語を流暢に話すことができていました。しかし、16歳で日本に戻ると、完全な日本語環境に身を置くようになりました。その結果、英語と特にフランス語の能力が時間とともに低下していきました。これは、言語をよく使うほど忘れにくくなるという研究と一致しています(深沢、1984、100)。

バイリンガル頭脳はスイッチのような機械です。同時に2つの言語で考えることはできませんが、瞬時に言語を切り替えることができます。

DuolingoのWilson氏は、母国語でさえも忘れることがあると科学的に示されていることを指摘しています(Wilson、2024)。ただし、高い言語能力を有していたり、やバイリンガル教育を受けた人では、この傾向が軽減されることがわかっています。これらの発見は私の個人的な経験とも一致します。これは多くのバイリンガルにとって重要な問題だと確信しており、使われなくなった言語を再学習するプロセスにさらに関心が寄せられることを願っています。

参考文献

Wilson, H. (2024) Dear Duolinguo: Can you forget your first language?. Duolinguo. February 20, 2024. https://blog.duolingo.com/can-you-forget-your-first-language/. Accessed on July 1st 2024.

Fukazawa, S. (1984) An Analysis of Forgetting : Theory and Practice of Language Loss. CASELE research bulletin. August 1st 1984. https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/00033307. Accessed on July 7th 2024.

Pralovska, S. (2018) Is it possible to forget your native language?. Lexika. 12 November 2018. https://www.lexika-translations.com/blog/is-it-possible-to-forget-your-native-language/. Accessed on July 7th 2024.

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中国の少数民族地域におけるバイリンガル教育ー延辺朝鮮族自治州を例に(宋佳芮 ソウカゼイ 東京大学 学部生)

中国は多民族国家で、漢民族を含め 56 の民族で構成しており、そのうち漢民族の人口が約 92%であり、残り 8 %の 55の民族を「少数民族」としている。中国の言語教育は少数民族の自言語使用の権利を重視している(アナトラ,グリジャナティ,2009. 17)。中国の少数民族地域のバイリンガル教育は、主に以下の特徴を持っている:言語教育の重視、専門カリキュラムと教材の使用、文化的な尊重と保護、そして政府による言語教育への支援(石黒, 日下部, &李 (n.d.). 32)。

少数民族のバイリンガル教育には、モンゴル,チベット,朝鮮,ウイグル,カザクなど豊かな文字伝統をもつ民族が含まれている(庄司 & ショウジヒロシ, 2003,695)。その代表例として延辺朝鮮族自治州に対する朝鮮語教育の例を見てみよう。

90年代末以降の経済発展により格差社会化と競争の激化が進み、中国語が重視されるようになり、朝鮮語教育が避けられる傾向にあったが、少子化と共に朝鮮語教育の重要性が再認識され、2006年からは朝鮮語と中国語の二重言語教育が研究されるようになった。延辺朝鮮族自治州で使用されている朝鮮語テキストの各章では、読解、聴解、会話、作文の4つの技能が交互に配置され、総合的な学習が促されている。4つの技能に共通する目標は、「正しい」姿勢で、読み書きと話すことを正確に行うことである。特に、教科書改定により、読解と作文が重視されてきた(石黒et al., n.d. 32)。

ところが、朝鮮語教育における教育資源は不足している。新華書店に置いてある12万冊の書籍のうちに、朝鮮語の本は4,000冊しかなく、全体の3.3%に過ぎないのである。朝鮮語の新聞や雑誌も年にわずか4種類しかない。さらに、朝鮮族学校での二言語教育は、人文科学を重視し、理工科を犠牲にしてカリキュラムの不均衡をもたらし、これらの分野への入学率が低下している。また、教員の高齢化による学校資源の格差があり、教員の45%が46歳以上になっている(全州朝鮮族教育状況, 2016)。これらの問題に対して、カリキュラム上の検討と教育資源における考察が必要ではないかと筆者は考えている。朝鮮族文化や言語を保護すると同時に、学校側でも、カリキュラムの改訂や教育資源の充実における努力が重要であると考えられる。

参考資料

石黒みのり, 日下部龍太, & 李修京.(n.d.) 中国少数民族の学校教育における母語・民族語教科書考察.32

アナトラ,グリジャナティ. (2009). 中国における少数民族双語教育に関する研究: 多言語共生の視点から.17

庄司博史, & ショウジヒロシ. (2003). 中国少数民族語政策の新局面: 特に漢語普及とのかかわりにおいて. 国立民族学博物館研究報告, 27(4), 683-724. 695

全州朝鮮族教育状況に関する調査報告[Research report on the education situation of the Korean ethnic minority in Quanzhou]. (2016年10月11日). Yanbian Renda [延辺人大]. 2024年7月3日にhttp://www.ybrd.gov.cn/ybrd/16dsq1/2016-10-11/173766.html から取得

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音楽と言語学習 (L.H.  東京大学 学部生)

ヨーク州立大学バッファロー校の研究は、音楽経験のある人は経験のない人よりも音程を真似するのが上手であると明かしている。さらに、チリカトリック大学の研究により、音楽経験のある子供の方がそうでない子供よりも注意力や記憶力のテストにおいて高い点数をとったことが分かった。また、音楽の授業を履修した高校生の方がそうでない高校生よりも算数、英語、科学の試験において優秀な成績をとったとブリティッシュコロンビア大学は言っている。これらより、音楽が認知能力の向上に効果的であることは明らかである。

英語教師の牧野眞貴は英語のリスニングに苦手意識がある大学生たちを対象に、英語の授業で洋楽を取り入れた。すると、彼らのリスニング力は向上したという。

音楽は私の英語能力の向上に大いに役立ってきた。私が最初に英語に触れたのは洋楽がきっかけであったし、私は幼い時からよくお気に入りの洋楽を何度も繰り返し聞いては歌ったりしていた。これにより私は単語やフレーズ、ネイティブっぽい発音を身に付けたのだ。もしかしたらピアノを習っていた経験や歌をたくさん歌っていたことが要因なのかもしれない。

こうして音楽は新しく習得する言語において正しい抑揚やリスニング能力を身につけることだけでなく、注意力や短期記憶の向上にも役立つ。また、その言語に対しての興味を増進させることもできる。よって、私はより楽しく効果的な言語学習のために音楽を活用することを薦める。

参考文献

Gambini, B. (2024) Music can help people learn a second language, study suggests. News and views for the UB community. University at Buffalo, The State University of New York. 2024. https://www.buffalo.edu/ubnow/stories/2023/08/music-second-language.html Accessed: 2024/06/16.

Kausel, L., Zamorano, F., Billeke, P., Sutherland, M. E., Larrain-Valenzuela, J., Stecher, X. 

Lok, W. Y. Music students do better in school than non-musical peers. UBC News. The University of British Columbia. 2019. https://news.ubc.ca/2019/06/music-students-do-better-in-school-than-non-musical-peers/ Accessed: 2024/6/16

Makino, M. (2012) 英語リスニングにおける洋楽聞き取りの効果検証(英語に苦手意識を持つ大学生を対象として).  リメディアル教育研究 第7巻 第2号. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jade/7/2/7_KJ00008583631/_pdf Accessed: 2024/6/16.

Schlaug, G., Aboitiz, F. (2020) Neural Dynamics of Improved Bimodal Attention and Working Memory in Musically Trained Children. Frontiers in Neuroscience https://www.frontiersin.org/journals/neuroscience/articles/10.3389/fnins.2020.554731/full Accessed: 2024/6/16.

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ヘルスケアの改善とバイリンガリズム (加藤美侑 東京大学 学部生)

医療とバイリンガリズムには強い結びつきがある。バイリンガリズムは脳の機能維持に重要な役割を果たし、より良い医療システムの構築に貢献できる。従って、バイリンガリズムとヘルスケアの関係が本稿のテーマである。

まず、バイリンガルの医療従事者は、すべての人、特に言語的マイノリティに対して、より良いサービスを提供することができる。ジョイス看護健康科学大学によると、米国では何百万人もの人々が英語以外の言語を話し、約4100万人がスペイン語を母語としている。さらに、バイリンガルの看護師は、多様な背景を持つ患者に対して文化的に適切なケアを提供することができる(Staff, 2022)。このように、バイリンガルの医師や看護師は、多文化主義の時代に必要とされている。現在、日本では、日本語を話せない人が自分の状況を説明することが困難なため、より多くのバイリンガルの医師や看護師が必要とされている。

 さらに、バイリンガルは認知症を遅らせ、健康的な認知老化を促進する。中低所得国の限られた医療資源を考慮すると、バイリンガリズムは重要かつ具体的な公衆衛生戦略として位置づけられるべきである(Mendis 2021, 1)。それは、いくつかの健康問題の改善に役立つと結論づけることができる。

さらに、バイリンガリズムとメンタルヘルスの関係は複雑である。バイリンガリズムは、精神的な柔軟性や創造性を高める資源となりうる一方で、その多重性とともに生きることを可能にするという課題をもたらすこともある(Burck, 2004, 314)。使用する言語がアイデンティティや主観性に影響を与えることもある。

 医療とバイリンガリズムの間には様々な関係がある。とはいえ、バイリンガルであることは、国民により良い医療を提供する上で何らかの助けになる。したがって、より良い医療と予防を実現するために、すべての人間がバイリンガリズムを活用することが推奨される。

参考文献

Burck, C. (2004). Living in several languages: implications for therapy. Journal of Family Therapy26(4), Blackwell Publishing, Oxford, 314–339. https://doi.org/10.1111/j.1467-6427.2004.00287.x, Accessed: Jun 20th, 2024. 

Staff Writer (2002) Advantages of Being a Bilingual Healthcare Worker, Apr 27th, 2022 https://www.joyce.edu/blog/advantages-of-being-biligual-in-healthcare/ Accessed: Jun 20th, 2024.

Mendis, S. B., Raymont, V., & Tabet, N. (2021). Bilingualism: a global public health strategy for healthy cognitive aging. Frontiers in Neurology12. https://doi.org/10.3389/fneur.2021.628368 Accessed: June 20th, 2024.

後編へ続く






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