東京大学におけるバイリンガリズムの授業の実践(後編)
前編から続く
絶滅の危機にある沖縄方言(N.M. 東京大学 学部生)
明治時代、日本政府が沖縄県民に標準語を話すよう励行したことにより、沖縄方言、しまくとぅば話者の数が急速に減った。UNESCOが発表した“”Atlas of the World’s Languages in Danger”によると、四つの沖縄方言が危険、二つの沖縄方言が重大な危険にあるとみなされている(Moseley、2010、206−209)。沖縄県文化観光スポーツ部が2020年におこなった調査によると、沖縄方言に親しみを感じる県民は約80%いるものの、沖縄方言であいさつ以上の会話を実際にする人は43.2%であった(図1)。これは前年に行われた調査より13.5%の減少であった(琉球新報、 2021)。これは沖縄県民の間で彼らの土地の言葉に対する親しみが減少していることを強く示している。
沖縄方言を保護するために、沖縄県は2022年にしまくとぅばアーカイブロードマップという企画を始動した(沖縄県、 2024)。彼らの目標は沖縄方言の文法を調査して小学生から高校生向けの沖縄語の教科書を作ることにより、沖縄方言を保護することである。これは沖縄県の未来である若い世代に沖縄方言により親しみを感じさせる効果がある有意義な行動であると考えられる。方言を保護することは沖縄の文化を守ることにも効果的である。
若い世代の中で沖縄方言に対する親しみは減っている。政府は方言だけでなく文化が失われる危機感を感じている。それゆえ、彼らは沖縄方言を保護し、次世代に継承していく取り組みを行なっている。
参考資料
Morseley, C. Nicolas, A. (2010) Atlas of the World’s Languages in Danger. UNESCO. 206-209. https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000187026. Accessed June 26, 2024.
Okinawa Prefecture. (2024) しまくとぅばアーカイブ|沖縄県ホームページ. January 11, 2024. https://www.pref.okinawa.lg.jp/bunkakoryu/bunkageijutsu/1022484/1009624.html. Accessed June 18, 2024.
Ryukyu Shimpo. (2021) Okinawan language usage down 13.5 points in FY 2020: 84% feel affection, 43% speak it. May 4, 2021. https://english.ryukyushimpo.jp/2021/05/11/33656/. Accessed June 18, 2024.
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バイリンガリズムと年齢(O.S. 東京大学 学部生)
今、日本の小学生は以前より多くの英語の授業を受けており(文部科学省, 2019)、日本において早期の外国語教育は増えてきているようである。この文章では、バイリンガリズムと年齢がどのように関係しているのかを主に脳の活動の観点から示す。
Mechelli et al. (2004, 757) は、バイリンガルの左下頭頂皮質の灰白質の密度はモノリンガルに比べて増加しているが、第2言語の習得年齢が上がるほど減少することを示した。これは、脳が大いに変化し、その後はこのような能力は失われてしまうという臨界期が存在すること (Hensch and Fagiolini 2005, 115) ことと一致している。さらに、Wartenburger et al. (2003, 160) は、文法課題に関しては、遅くに第2言語を習得し熟練度が高いバイリンガル (LAHP)は第2言語を使う際により多くの脳の部分を使うのに対し、早期に第2言語を習得し熟練度も高いバイリンガル (EAHP)は自身の脳を第1言語と第2言語で同じように使うと報告した(図1)。
これらの研究から、脳の構造変化と、脳の活性化という視点から考えると第1言語と第2言語の使い方が似ているという点で、早期に第2言語を学ぶことはより効果的だと結論付けられる。ただし、言語能力や環境 (Paradis and Jia 2017, 12; Mechelli et al. 2004, 757) のようにバイリンガルの脳に影響を与える要素は他にもある。
参考資料
Hensch, T. K., & Fagiolini, M. (2005) Excitatory–inhibitory balance and critical period plasticity in developing visual cortex. Progress in brain research, p. 115-124. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0079612304470095, Accessed: June 14, 2024.
Mechelli, A., Crinion, J. T., Noppeney, U., O'Doherty, J., Ashburner, J., Frackowiak, R. S., &
Ministry of education, culture, sports, science and technology [MEXT]. (2019). 新学習指導要領全面実施に向けた小学校外国語に関する取組について. https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/siryo/__icsFiles/afieldfile/2019/09/11/1420968_2.pdf, Accessed: June 14, 2024.
Paradis, J., & Jia, R. (2017) Bilingual children's long‐term outcomes in English as a second language: language environment factors shape individual differences in catching up with monolinguals. Dev Sci, 20: e12433.
https://doi.org/10.1111/desc.12433, Accessed: June 14, 2024.
Price, C. J. (2004) Structural plasticity in the bilingual brain. Nature, 2004, p. 757-757. https://www.nature.com/articles/431757a, Accessed: June 14, 2024
Wartenburger, I., Heekeren, H. R., Abutalebi, J., Cappa, S. F., Villringer, A., & Perani, D. (2003) Early setting of grammatical processing in the bilingual brain. Neuron, 159-170. https://www.cell.com/fulltext/S0896-6273(02)01150-9#gr3, Accessed: June 14, 2024.
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日本における手話 (王シモン 東京大学 学部生)
この論考では、ろう者が使う視覚言語である手話について検討をする。手話は視覚を使い音声言語は聴覚を使うので、当然これら二つはかなり違った特徴を持つ。例えば、手話は両手と顔を用い、複数の発声器官を使うため、手指で動詞を表しながら顔で副詞的表現をするといったことが可能である。音声言語ではそうはいかない。(岡2011, 90)
手話言語の,まさにこの特徴が見過ごされてきたため、手話は文法がなく省略の多い劣った言語だと強く信じられてきた。手話はろう学校でも禁止され、生徒は音声日本語の口話や手指日本語を使うことを強制された。(斉藤2007, 67)状況は快方へ向かっているとはいえ、手話ができる教師が十分にいないため、生徒たちは未だ母語による教育を受けられずにいる。(全日本ろうあ連盟2019, 90)
手話が一つの言語として認識されるようになったのはつい最近のことだが、状況は確実によくなっている。今や手話によるニュース番組があり、多くの自治体が手話言語条例を定めている。しかし、日本としては手話言語法を制定しておらず、ろう者の手話を使う権利は未だ完全に享受されているとはいえない。例えば,手話通訳を頼むとき、ろう者が自分で通訳料を払わねばならない場合も多く、これはろうであることを理由に生まれた特別な負担となる。(全日本ろうあ連盟2019, 211)これでは不公平だ。このような現況を打破するために、国は早急に手話言語条例を定め,手話の使用に対する支援の拡大につとめてほしい。
出典
岡典栄,赤堀仁美『文法が基礎からわかる 日本手話のしくみ』大修館書店,2011年。
斉藤くるみ『少数言語としての手話』東京大学出版会,2007年。
全日本ろうあ連盟『手話言語白書 多様な言語の共生社会をめざして』明石書店,2019。
天気・防災 手話CG,NHK,https://www.nhk.or.jp/handsign,2024年6月16日閲覧。
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日本における移民労働者のバイリンガリズム (Ziyu Yang ヨウシイク 東京大学 学部生)
少子高齢化に直面している日本では、東南アジアからの移民労働者の需要が高まっている。多くの移民労働者は、日本語の知識がほとんどない状態で日本に到着している(Roberts & Fujita, 2024, p.22)。その結果、彼らは日常生活の中のコミュニケーションでは母国語や英語に頼ることが多い。
日本での日常生活や仕事のために日本語を学ぶことが不可欠となっている。しかし、言語学習資源のアクセスには大きな差があり、これは日本社会における移民に対する偏見が一因となっている(Hashimoto, 2022, p.564)。例えば、2020年に日本政府の文化庁は、地方に住む「外国籍住民」を対象としたオンライン日本語教育プログラムを作成したが、これは難民向けであり、移民向けではない(Agency for Cultural Affairs, 2020)。この違いは、移民が日本で言語教育にアクセスする上で直面する制度的バイアスと支援不足という広範な問題を浮き彫りにしている。
移民労働者は、日本経済、特に労働力不足の分野で重要な役割を果たしている。それにもかかわらず、コミュニケーションとバイリンガリズムは、仕事や日常生活の利便性に関連する課題を引き起こしている。これらの問題に対処し、移民労働者の福祉を向上させるためには、政策の改善と支援システムの充実が不可欠である。
参考資料
Agency for Cultural Affairs. (2020). Website for foreign nationals as residents to learn Japanese language: Connect and enhance your life in Japanese. https://tsunagarujp.mext.go.jp/howto. Accessed: 2024/07/04.
Hashimoto, K. (2022) Language, Mobility and Employability among Southeast Asian Migrant Workers in Japan. Asian Studies Review, 46 (4). pp.559-573.
Nikkei A. (2022) Japan is finally facing up to its economic need for immigrants, November 8, 2022.
https://asia.nikkei.com/Opinion/Japan-is-finally-facing-up-to-its-economic-need-for-immigrants. Accessed: 2024/07/04.
Roberts. G., Fujita. N. (2024) Low-Skilled Migrant Labor Schemes in Japan’s Agriculture: Voices from the Field. Social Science Japan Journal, 2024 (27). pp.21-39.