プラネタリー・バウンダリー:地球システムにおける9つの限界を再考すべきか
この地球上における私たち、そして子どもたちの未来を考えたとき、地球上に際限なく利用していいものは何もないこと、私たち人類が現在の活動規模を維持すれば次世代の幸せを脅かしてしまうということは、既知の事実だ。この理解にもとづき、1987年の「環境と開発に関する世界委員会」、別名「ブルントラント委員会」の報告書のなかに「持続可能な開発」という概念が登場し、以降、国連の長期的なコミットメントとなっている。1992年に開催された「国連環境開発会議」(UNCED)の「地球サミット」では、地球規模で起きている問題に関して国際的かつ大陸横断的な大規模な取り組みがはじまり、同年、国連気候変動枠組条約が署名された。これはその後、京都議定書やパリ協定につながっていく。気候変動に加えて、私たち人類が危機感を強めているもう一つの世界的課題は生物多様性である。1993年、「生物多様性条約」、正式名「生物の多様性に関する条約」が採択され、これも地球規模で署名された多国間条約であった。2000年にまとめられた「ミレニアム開発目標(MDGs)」は、持続可能な開発のより具体的な方向性を示すもので、2015年までに達成されるべき8つの国際開発目標が設定された。その後、2016年の「持続可能な開発目標(SDGs)」では、2030年までに達成すべき17の互いに関連する目標が設定された。しかし、持続可能な開発に取り組み、未来ある社会を築くため、地球システムが安全に機能する範囲については、これらの目標は明確に述べていない。
9つのプラネタリー・バウンダリー:人類が安全に活動できる範囲の定義
2009年、スウェーデンにあるストックホルム・レジリエンス・センターの前所長であるヨハン・ロックストローム博士を中心とした著名な科学者たちによるグループが、地球システムの安定性(スタビリティ)と回復力(レジリエンス)を規定する9つのプロセスを特定した。これらのプロセスは、地球システムにおいて人類が繁栄し続けるために、必要不可欠ではあるが、あまりに大きく変わってしまうと、ある臨界点を境にシステムは元の状態に戻ることができなくなってしまう。このような臨界点、あるいは限界点を知るために、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)の枠組みが生み出され、科学や政策の領域、実践でいかされている。
9つの限界点は以下の通り(図1を参照):
- 気候変動
- 生物圏の一体性損失(生物多様性の喪失と種の絶滅)
- 土地利用の変化
- 成層圏オゾン層の破壊
- 化学物質汚染と新規化学物質の放出
- 海洋酸性化
- 淡水消費と地球上の水循環
- 生物圏と海洋における窒素・リンの循環
- 大気エアロゾルの負荷
プラネタリー・バウンダリーは相互に関連している
「気候変動」については、私たちはすでに二酸化炭素濃度の限界値を超えて410 ppmvを記録し[1]、安全領域のプラネタリー・バウンダリーを超えて、不確実性領域にさしかかっている。二酸化炭素濃度は今後さらに上昇し、私たちはさらなる高いレベルのリスクにさらされる。気候変動により、1.5°C以上の温暖化が進み、持続可能な開発に深刻な危機的状況がもたらされるであろう。ほかの2つのプラネタリー・バウンダリー、「土地利用の変化」および「生物圏の一体性損失(生物多様性の喪失と種の絶滅)」も安全領域を超えており、特に後者はすでに不確実性領域に及んでいる。
さらに産業や農業活動によって「生物圏と海洋における窒素・リンの循環」の限界値もすでに超えており、高リスクかつ不確実性領域に到達している。これは食料安全保障の面からのみならず、生物多様性の面においてもきわめて深刻な状況である。このほか3つのプラネタリー・バウンダリー「成層圏オゾン層の破壊」、「大気エアロゾルの負荷」、「化学物質汚染と新規化学物質の放出」の値に関しては、より正確な定量化、すくなくとも概算が必要とされている。
プラネタリー・バウンダリーは、個別のプロセスを表すのではなく、地球システムの相互依存的な要素を合わせて示すものである。例えば、上から3つのバウンダリー(「気候変動」、「生物圏の一体性の喪失」、「土地利用の変化」)を考えてみても、相互依存的に作用していることがわかる。一つの限界値が超過することで、ほかのプロセスの変化を加速させてしまうといった悪循環が引き起こされる。例えば、気温が1~2°C上昇すると、地域固有の陸域生物の14%が失われ[2]、2°C上昇すると、海洋酸性化や熱波などの影響により、サンゴ礁の99%が消滅する[3]。「海洋酸性化」は、定量化が不十分なプラネタリー・バウンダリーの一つであり、人間活動による二酸化炭素排出量の4分の1が海水に吸収されることから、その増加とともに酸性化が進んでいる。人間による土地利用の変化が進むことで、自然生態系のバランスが崩れ、生物多様性および二酸化炭素吸収源のバイオマスが脅かされる。例えば、森林は、人為起源二酸化炭素排出量の30%を吸収するが[4]、地球規模の気候変動によって山火事や樹木の死亡率は増幅し[5、6]、人間の手による森林伐採で森林面積も減少している[7]。このようなつながりは、限定的ではあるが、それぞれのプロセスが互いに分かち難くつながっているということをよく示している。
プラネタリー・バウンダリーを社会システムで理解するため、プラネタリー・バウンダリーを再考すべき
プラネタリー・バウンダリーの概念は、人類が活動できる範囲を定めることを目標とする、きわめて「グローバル」な規模の概念であるが、しかし一方で、社会とのつながりをうまく規定できていない。従って、この概念は、自然科学だけでなく社会科学の視点を通して、グローバルかつローカルな文脈に依拠したより多くの議論を必要としている。この概念を理解することと、限界値に対応したアプローチを用いることの間には、隔たりもある。グローバルかつローカルなレベルにおける違いも踏まえて、プラネタリー・バウンダリーの概念をどのように解釈し、深めていけるか。プラネタリー・バウンダリーに関した本ブログ・シリーズを通じて、活発な議論を促したい。本ブログ・シリーズでは、さまざまな組織の多彩な書き手や他分野の専門家によるオピニオンやコメントを、月に1回のペースで1年間に渡り掲載し、またプラネタリー・バウンダリーの再考に関する新しい視点をとりあげた出版やオンライン・セミナーを予定している。
図1。9つのプラネタリー・バウンダリー(地球の限界)
(出典:Lokrantz/Azote・ストックホルムレジリエンスセンターと[8]に基づいて著者が編集)
参考文献:
[1] Lindsey, R. ‘Climate Change: Atmospheric Carbon Dioxide‘, https://www.climate.gov/news-features/understanding-climate/climate-change-atmospheric-carbon-dioxide, 2020.
[2] Nunez, S. et al., ‘Assessing the impacts of climate change on biodiversity: is below 2 °C enough?’, Climatic Change, vol. 154, no. 3–4, 2019, pp. 351–365.
[3] IPCC, ‘Summary for Policymakers’, in Pörtner, H.-O. et al. (eds.), ‘The Ocean and Cryosphere in a Changing Climate’, 2019.
[4] Le Quéré, C. et al., ‘Global Carbon Budget 2018’, Earth Syst. Sci. Data, vol. 10, 2018, pp. 2141–2194.
[5] Andela, N. et al,. ‘The Global Fire Atlas of individual fire size, duration, speed and direction’,_ Earth Syst. Sci. Data, vol. 11, no. 2, 2019, pp. 529–552.
[6] Song, X.P. et al., ‘Global land change from 1982 to 2016’, Nature, vol. 560, 2018, pp. 639–643.
[7] Allen, C., D. D. Breshears and N. G. McDowell, ‘On underestimation of global vulnerability to tree mortality and forest die-off from hotter drought in the Anthropocene’, Ecosphere, vol. 6(8), no. 129, 2015, pp. 1–55.
[8] Steffen, W., K. Richardson, J. Rockström, S.E. Cornell, et.al. 2015. Planetary boundaries: Guiding human development on a changing planet. Science 347: 736, 1259855.