愛とコーヒーと言語連想 - 東京カレッジ

愛とコーヒーと言語連想

2020.11.17

コーヒーの香りがした時、あなたの中にどのようなイメージが浮かびますか? どのようなことを感じますか? それは一日のうちのどのような時間帯ですか?

コーヒーのように独特な香りから連想されるものには、強いつながりがある傾向があります。コーヒーの香りから、起床時の一連の行為、あるいは、日中の眠気覚ましなどが連想されるように、言葉としての「コーヒー」と「朝」、あるいは「コーヒー」と「休憩」が関連づけられるのです。

図1 「コーヒー」から連想される英単語の近傍

連想される言葉同士のつながりにはさまざまな種類があります。私たちが関連性を強く感じる言葉は、実生活における「塩」と「こしょう」のように合わせて使われる頻度が高い言葉がその例の一つです。一方で、連語や複合語を構成する言葉も相互関連性が高く、例えば、英語の「saltwater(塩水)」や、日本語の「隙間風(draught)」などもそうです。連想語のなかには、より複雑な関係性をもつものもあり、「外」と「内」といった対義語の関係や、「色」と「赤」といった従属の関係などがあります。その他の顕著な連想の例は、「コーヒー」に対して「苦い」というように、ある言葉の典型的な特徴を表すものもあります。

言葉の連想には、文化や社会、一人ひとりのライフストーリーが影響する場合もあります。例えば、日本語が母語の人は、「桜」といった言葉から、春、新学期、お花見など数々の言葉を連想します。しかしながら、日本文化や日本社会という文脈から離れると、そのような言葉の連想があらわれることはないでしょう。私たちはそれぞれ異なる連想語を持っており、一人ひとりの記憶、言語的特徴あるいは、周辺にいる人たちが使う言葉に影響されています。例えば、誰かからよく聞く言葉や話し方の特徴などは、そういう言い方を使う友人、同僚、親戚等と連想する場合があります。

私たちの考え方や話し方の根本にある概念構造を理解すること、言葉の意味を検知すること、そして、それらがどのように私たちの頭の中で分類されているか、ということは、古代より学者たちが追求してきた主題の一つです。言葉は精神の概念構造を表すものである、とアリストテレスは「命題論」で述べています:「音声のうちにある様態は霊魂のうちにある様態の象徴」。この考え方は、言葉の意味は何か、言葉はどのように意味をなすのか、その概念はどこに蓄積されているのか、そこにどのように辿れるのか、というその後数世紀に渡る科学的探求の原点でもあるのです。

社会的・文化的・意味論的な知識へのアクセスを可能にする言葉の連想は、人の心の動きにアクセスし、その概念構造をモデル化するためのソースであると、100年以上もの間、考えられてきました。そのように言葉の連想を用いた初期の例は、カール・ユングやフランシス・ゴルトンといった心理学者の研究に見られます。当初、具体的な連想語の組み合わせと、言葉同士のつながりの強さの度合いが分析の主たる対象でした。患者の潜在意識にアクセスし、それが顕在化するプロセスを分析するための手法として、言葉の連想を用いたユングはその一例です。その後、研究者たちの興味は、連想や文脈によって刺激語に関連づけられるすべての言葉が表象する概念構造の研究に移行していきました。理論の発展によって、言語連想データセット、または「言語連想基準表」の作成が進みましたが、主に英語や欧州系言語に限られていました。これらの連想基準表は、研究を進めていく上で、広範かつ有効に利用されているソースではあるものの、このようなデータセットを構成する個々のデータ収集は、主に紙媒体やネットを介さないコンピュータを用いて参加者である大学生が行ったものであるため、データの編成にかなりの時間を要し、参加者の年齢や学歴もかなり限定的でした。

それが、この数十年の技術の進歩により、言語連想データ収集・編成・研究の方法は、大きく変わりました。今日、世界中の研究者たちは協働して、言語ごとに言語連想分析を行い、人の心に関する様々な側面について知ることができます。この複雑な心の側面が、いわゆる「メンタルレキシコン」であり、「心的辞書」とも呼ばれています。心理学や認知言語学の「メンタルレキシコン」という用語は、私たちの中に蓄積されている、意味、統語論的特徴、発音、そして社会言語的知識に関する情報を指します。膨大なデータ保存と分析を可能にするソフトウェアやハードウェアの出現と、オンライン上での言語連想実験へのシフトにより、今や研究者は、500万件以上の回答からなるデータセットを用いて、メンタルレキシコンの大規模モデルを構築し、その概念的構造を研究できるようになったのです。例えば、「スモール・ワールド・オブ・ワード」があります。

言語連想を分析するアプローチは、この100年で変化してきましたが、提示された刺激語を見て、真っ先に思い浮かぶ言葉を書くという、言語連想実験の基本的作業は変わりません。そのような言語連想実験は「自由連想法」として知られ、思い浮かぶ連想語を参加者が自由に答えることができるものです。

こういった単純な作業により、研究者はメンタルレキシコンの多様な特徴を研究するための素材を得ることができ、記憶、言語発達、創造性や個人差についての様々な発見につながります。

そのような発見の一例が、連想語の特性に参加者の年齢が関連しているということです。これは、ポルトガル語、日本語、スペイン語といった異なる言語ごとの言語連想研究において確認されています。研究によると、幼少期から成人していく過程において、単にレキシコン(語彙)が増えるだけでなく、新たに習得される言葉の関連性によって、メンタルレキシコンが豊かになるというのです。つまり、成長するに従って、習得する言葉が増えれば、関連付けされた言葉も増えるということです。年齢層が異なる参加者の回答を見ることにより、人が一生の間で、ものごとをどのように理解し、概念化していくかという過程の進展と変化を知るツールになると考えられています。

年齢層による違いの他に、言語連想研究からは、「愛」というような一見、普遍的かつ基本的だと考えられている概念に対する認識にも、ジェンダーによる違いがある、ということがわかってきました。

 

図2 「共通誤解としての愛」

図2「共通誤解としての愛」に見られるように、英語版言語連想研究「スモール・ワールド・オブ・ワード」では男女間の回答に大きな違いがあることが分かりました。男性参加者が「愛」から連想する言葉が主に身体的な側面とその周辺に集中するのに対して、女性参加者の場合は、家族が中心でした。一見して普遍的であるはずの「愛」という概念は、同じ言語の母語話者であっても、ジェンダーによって全く異なる観点から認識されているということがわかります。その一方で、日本語のように、「恋愛」、「愛」、「恋」、「愛情」、「好き」というような、英語の「Love」がもつ様々な意味を包含する言葉が複数存在する言語もあります。「Love」を表現する言葉がたくさんある日本語の言語連想では英語版のデータが示したようなジェンダーによる違いが表出するかどうか、興味深い調査になるかと思います。

これに限らず、より多くの観察と詳細な研究を行うためには、異なる年齢層、ジェンダー、学歴、出身地域で構成される、膨大な参加者のサンプルを研究者が得られるような十分なデータセットが欠かせません。言語連想研究「スモール・ワールド・オブ・ワード」プロジェクトの国際版では、そのようなサンプルが、英語、オランダ語、スペイン語版で、すでに収集されており、各プロジェクトには10万人以上のボランティアが参加しました。また、英語版のプロジェクトは、2019年、心理科学協会の「年間優秀論文賞」を受賞し、そのデータは2000人以上の研究者によってダウンロードされています。

今秋から、日本語版言語連想研究「スモール・ワールド・オブ・ワード」プロジェクトが始動しました。このプロジェクトでは、日本語のメンタルレキシコンの特徴について、今までとは違う観点で探っていきます。日本語の母語話者による言語連想に現れる、ジェンダー・年齢・地域に基づいた差異についての研究に併せて、日本語版「スモール・ワールド・オブ・ワード」プロジェクトでは、時間、空間、感情、人間関係、家族など、日本語のメンタルレキシコンの基本概念を、記録・研究していきます。

プロジェクトでは、メンタルレキシコンの構造と個人の概念構造の両面における、文化間および言語間での比較を計画しています。長期的には、科学に裏付けされた言語習得を支援する、多言語ツールの作成を目指しています。

まずは日本語版言語連想研究「スモール・ワールド・オブ・ワード」を試してみてください。5分でできます。あなた自身のことについて、何か新しい気づきがあるかもしれないし、ないかもしれませんが、一つ確かなことがあります。この研究にみなさんが参加してくださることによって、日本語のメンタルレキシコンのニュアンス、その文化特有の特徴、他の言語との共通点を理解するための一助になるということです。このプロジェクトに興味を持っていただけたら、ぜひウェブサイトやフェイスブックをチェックしてください。

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