過去から学べるのか? 地球の限界に向かい、地球の限界を超える、長期的な社会生態学的軌道
執筆者
Felix RIEDE デンマーク・オーフス大学教授(気候変動の考古学) |
私たちの種であるホモ・サピエンスが出現するはるか以前に、人類はその環境に手を加えた。そうした環境改変は、初期人類にとって意味あるものであったが、当初はまったくローカルで、一時的なものであった。しかし、火の使用が始まり、より高度な技術が生まれると、環境改変は他の種に影響を及ぼしていく。人間は自分たちの生態的地位(ニッチ)を文字どおり構築するようになり、この地球上で自分たちが活動する空間を実質的に拡大していった。こうした考え方はニッチ構築論と呼ばれ、生物学者が定式化してきた(1)。私たちと同系統の種が一つ、また一つと絶滅するにつれ(最大の理由は気候の変化)、人類のニッチは、しばしば特に大型哺乳類を犠牲にして拡大し続けた(2、3)。約1万1700年前、寒冷で予測しがたい気候状況にあった更新世から、気候が安定し温暖化した完新世に変わると、ほぼいたるところで人口が増え、次第に農業経済が採用されていった。植物が栽培され、動物が家畜化され(4)、土地被覆が人間によって改変された(5)。人間は地球の限界への道を確実に歩み始めた。
後期完新世までに土地被覆の変化(大半は農業や牧畜のための森林伐採による)は、炭素排出量がフィードバック・プロセスによって世界の気候軌道に影響を及ぼすまでになっていた(6)。ニッチ改変の始まりはつねにローカルで、その時の人々の生活を支えるためであった。ところが、意図せぬ結果がずいぶんと広範囲に及び、当初のニッチ構築者の生存期間をはるかに超えて存続した。また、完新世の気候は全般にかなり安定していたが、それでも人間社会は急激な気候変動の影響を受けた。異常な寒冷期が続いて人口が大幅に変動し(7)、主要な「文明」は長引く旱魃でたびたび衰退し(8)、たとえば6世紀の火山噴火による気候変動で大きな地政学的現象が次々と起きた。これは、複雑な社会生態学的システムがそうした異変に対してきわめて脆弱になっていたことを示唆するにとどまらない(9)。リスクがシステム全体に及び、影響が社会階層全体に不均衡に広がっていたのである。
社会生態学的システムの歴史的軌道に焦点を当てた研究によれば、社会は人口が増え、技術が進歩し、関係性と相互依存性が増すにしたがい、崩壊しやすくもなった。「社会的崩壊」は集団死を意味するものと理解すべきではないが、気候に起因する過去の社会生態学的衝撃は多くの場合、システム全体の崩壊を招き、生命と生活の相当な(現代の倫理基準からすれば容認できない)損失を伴うことが多かった(10)。そうした過去の事例においては、人間社会はローカルあるいは地域の安全で公正な活動空間を手に入れようとし、それを凌駕した。そうした過去から私たちは教訓を学べるのか。
人間は多年にわたって自分たちのニッチを構築してきた。今日、環境改変の規模はローカルでも地域的なものでもなくなり、地球規模になっている。生物多様性の喪失、土地制度の変化、地上領域と海洋領域における物理的・化学的影響(驚くほど増大している)は、この同じプロセスの延長線上にある(11)。もっとも、人間が技術的にあれこれ手を加えたにもかかわらず、地球における私たち自身の安全な活動空間は、地理的見地から言えば、また完新世の気候状況については、何千年にもわたってかなり安定している。この先の人新生(アントロポシーン)に起こりうる気候変動がこうした気候分布に投影されると、近い将来、深刻な問題が生じる(12)。そうした分析によれば、直ちに介入しなければ、地球上の多くの場所が居住に適さなくなり、その結果、生命と生活が脅かされる。さらに、気候変動によってこれまでに生じた事象や、人間がそれらにどう対処したかに関する知見によれば、そうした気候変動は大規模な移住を余儀なくし、そのために、気候変動の影響を直接受けない地域にも影響が及ぶと予想される。
人間のニッチ構築の形跡は今や地球の限界を超えて広がり(13)、人為的干渉に対する地球の吸収能力の限界に急速に近づきつつある。ここで言うニッチ構築の枠組みは現在、生物多様性の研究や地球システム科学(14-17)のほか、人文科学(18-19)においても広く適用されている。ニッチ構築の枠組みでは、意図せぬ結果が構築者のみならず他の有機体にも影響し、双方が重要な役割を果たす。意図せぬ結果は一部のものにとっては、一定期間は有益であるかもしれないが、最終的には構築者にとっても、その子孫にとっても有害なものになりかねない。過去においてもそうだったが、ほとんどの人間は動植物や他の人間に悪影響が及ぶような形で地球を改変することを意図していないが、実はそのような改変を続けている。はるか昔にさかのぼって歴史をとらえるなら、人間の行為の原因と結果が見えてくるし、私たちの安全で公正な活動空間の境界がローカルなものであれ、地域的なものであれ、地球規模であれ、その境界を押し広げた場合の長期的影響が見てとれる。人類の過去は、人間の社会生態学的相互作用の、成功・失敗双方の事例研究のアーカイブともなる。そうした事例研究は私たちに重要な教訓を示してくれるかもしれない。また、地球のプロセスに関する一般に抽象的な科学的知見をローカルな認識枠組みに転換し、なかんずく行動に移そうとする際に強力なコミュニケーション手段となるかもしれない。
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Felix Riede
デンマーク・オーフス大学教授(気候変動の考古学)。同大学「変化しゆく世界における生物多様性のダイナミクス研究センター」(BIOCHANGE)の中核グループに所属。フューチャー・アース「異常事象と緊急リスクに関する知と実践のネットワーク」(Risk-KAN)共同代表。研究テーマは、紀元前から今日までの人間と環境の相互作用およびニッチ構築。特に異常事象と緊急リスクに焦点を当て、自然の危険要因が過去の人間社会に与えた影響を長年研究。そうした事例をもとに、将来の影響に関するシナリオをエビデンスに基づいて組み立てたいと考えている。Risk-KANで作業部会「past4future」を主宰。