都市だより(2)首都移転の是非
インドネシアでは、新首都ヌサンタラ[1]の建設が2022年後半に始まります。新首都の総土地面積は2,560平方キロメートル(25.6万ヘクタール)。ジョコ・ウィドド大統領の任期が満了する2024年に移転する計画です。ヌサンタラは先進的な森林都市のモデルとして構想されており、人間と自然の共生関係を体現するとともに、国のアイデンティティの象徴となり、インドネシアの今後の経済を推進する役割も果たします。とはいえ、この野心的なプロジェクトをめぐっては激しい論争が続いています。ヌサンタラの建設には少なくとも325億ドルを要し、そのうち20%は国家予算で賄われますが、残りの資金をどのようにして調達するのかは不明です。新首都基本計画案を公募すべく設計コンペが行われ、政府は国内の建築家や都市設計者からの提案を取り入れようとしています。しかし、最優秀案が果たして採用されるのかまだ決まっていません。また、大統領府については、ある彫刻家がインドネシアの国章である神鳥ガルーダをイメージして設計しました。これには国内の建築家から強い抗議の声が上がりました。大統領府のような重要な建物の設計においてはガルーダの姿を単に再現するのではなく、ガルーダの思想的な要素に裏打ちされたものでなければならないと。さらに、カリマンタンは生物多様性と原生林の楽園ですが、新首都建設プロジェクトがカリマンタンに及ぼす社会生態的影響についてはごく限られた情報しかありません。カリマンタンの先住民の声も抑えられているようです。
首都移転構想は今回が初めてではありません。初代大統領スカルノもジャカルタからカリマンタンへの首都移転を1957年に提案しました。その後の歴代大統領も同様の意向を示しましたが、この難題に果敢に挑んだのはジョコ大統領が初めてです。移転の理由はほぼ明白で、現在の首都ジャカルタの負担を軽減するためです。ジャカルタは、人口と経済活動の過度の集中、ひどい交通渋滞、地盤沈下や毎年洪水をもたらす水管理問題、大気汚染など、いくつもの問題を抱えています。
首都の山積する課題に対処するために新都市の建設を検討しているのはインドネシアだけではありません。正式な決定は見ていませんが、韓国は、ソウルから125キロメートル南に位置する新都市セジョン[2]への首都機能移転の意向を強めているようです[3]。セジョンは、市民自治、社会福祉、持続可能な経済、公共交通機関の整備、安全な都市環境、都市部と農村部の調和を推進する世界有数の「幸福都市」として構想されました。当初、多くの公務員がセジョンへの移転に反対しました。諸施設が未整備で、ソウルからセジョンまで通勤しなければならなかったからです。しかしその後、反対意見は少なくなりました[4]。今や新都市セジョンはよりよい生活の質と好ましい子育て環境を提供しています。
日本も首都移転を考えていました。東京から他の都市への首都移転構想は1950年代から議論されてきました[5] 。東京一極集中の是正と災害対応力の強化が移転推進の主な契機になっています。当初の構想後、1975年には超党派議員による新首都推進懇談会が発足し、1991年には国会等の移転に関する特別委員会が衆参両院に設置されましたが、移転はまだ決まっていません。東京都が強く反対しましたが、国土交通省のパンフレット「未来のために、国会等の移転を考えよう。」によれば、移転の検討は今も続いています[6]。移転先として「栃木・福島地域」「岐阜・愛知地域」「三重・畿央地域」の3つが候補に挙がっています。新首都としてイメージされているのは、繁栄と文化、地域生活、自然環境との共生を促進するグローバルシティです。
新都市の建設は魅力的だと思えますし、持続可能で先進的、レジリエントで調和のとれた首都の設計にあたっていくつもの可能性が生まれます。首都移転構想はたいていそうした設計ビジョンを掲げます。しかし、単に都市を空想すればよいというものではなく、都市が都市たるのは、そこに人間がいて文化があり、さまざまな活動、エネルギー、活力があるからです。文明批評家ルイス・マンフォードはかつて、都市は「社会活動の劇場」だと語りました。そこでは都市自体を機能させるべく社会ドラマが演じられ、そのドラマが重要なものになるかどうかは、「役者の演技と劇の展開」が膨らみ際立つように舞台(都市の物理的機構)が設定されるかどうかによります[7]。都市の核になるのは都市の人々であり、都市を息づかせるのはその人々です。私たちが本当につくりたいのはどのような首都なのか、よく考える必要があります。
References:
[1] Ibu Kota Nusantara. https://ikn.go.id/en
[2] Sejong City. https://www.sejong.go.kr/eng.do
[3] Rahn, W. (2022, March 18). “South Korea: Incoming President Yoon wants to relocate capital from Seoul.” Deutsche Welle. Retrieved from https://www.dw.com/en/south-korea-incoming-president-yoon-wants-to-relocate-capital-from-seoul/a-61170422.
[4] Onchi, Y. (2021, February 20). “South Korea's 'island of bureaucrats' emerges as next capital.” Nikkei Asia. Retrieved from https://asia.nikkei.com/Politics/South-Korea-s-island-of-bureaucrats-emerges-as-next-capital
[5] Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism. “Background on the Relocation of the Diet and Other Organizations.” Retrieved from https://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/iten/English/background/index.html
[6] Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism. (2007). “For the future – Let’s Consider Relocation of the Diet and Other Organizations”. Retrieved from https://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/iten/service/panf/pdf/future2_panf_en.pdf
※注6のパンフレット日本語版は 各種パンフレット紹介 - 国会等の移転ホームページ - 国土交通省 (mlit.go.jp)の上段中央。
[7] Mumford, L. (2016). “What is a City?” In LeGates, R. T., & Stout, F. (Eds.), The City Reader (6th ed.), 110-114. Routledge. Original essay published in 1937.