5年目の春
季節が巡って4月になり、新しい年度が始まりました。東京カレッジにとって5回目の春です。
カレッジに所属する若手研究者の数は、准教授2、特任助教4、ポスドク研究員11、特任研究員5で、合計22人となりました。昨年の同時期よりも2人増えています。恒例となったこの春の記念写真の中にその多くの姿を認めることができます。新緑と若い研究者の活気が満ち溢れたよい写真です。
年を追うごとに若い研究者の数が増えているのはうれしいことです。しかし、今年の春は、特にシニアの卓越研究者数が一挙に増えたことを喜ばしく思います。パンデミックによる渡航制限のために、昨年のこの時期までは、シニアの卓越研究者はほとんど受け入れることができていませんでした。しかし、出入国に際しての制限が少なくなった昨年度の途中からは、それぞれの研究分野で多くの実績を挙げ世界的に活躍している卓越研究者が数多く東京カレッジに滞在するようになりました。その数は昨年度だけでおよそ20人に上ります。海外の卓越研究者と若手の有望な研究者の受入れは4年前の東京カレッジ設立当初に思い描いていた未来図です。それがようやく現実になりました。
毎週金曜午後に開催されるお茶会では、生命科学や物理学の大家、日本史や水処理の専門家が、ジェンダー研究、移民研究、文学研究などを専門とする若い研究者と談笑する風景がしばしば見られます。私も時間が許す限りこのお茶会に顔を出すようにしていますが、正直に言って、ただおしゃべりをするだけの集まりが、ここまで刺激的で面白いとは思っていませんでした。参加者のふとした一言から、カレッジの運営や新たな研究のためのヒントをもらうこともたびたびです。時にはカレッジ外のゲストも顔を出すこのお茶会は、国籍、年齢、専門、性別などが異なる研究者が集うカレッジの開放性と多様性を象徴しています。イギリスのオクスフォード大やケンブリッジ大のカレッジでは、様々な学問分野の専門家や学生が一堂に会して飲食を共にします。規模は異なるもののあのスタイルに似ているとも言えるでしょう。
招聘する研究者の数が増えると、当然、学生や一般市民に向けた講演会やシンポジウムも数多く開催されることになります。昨年度は、オンライン配信を基本として、50回を越えるイベントが企画・実行されました。最先端の研究成果を迅速に分かりやすく一般市民に届けるというスタイルは、これもスケールは違いますが、フランスの学術機関であるコレージュ・ド・フランスに似ています。ただし、東京カレッジでは、研究者や知識人にただ講演をお願いするだけではありません。専門分野がやや異なる東大の他部局の研究者に講演のコメンテーターをお願いし、分野横断的で多角的な議論が展開されるような工夫をしています。イベントのほとんどは録画され編集された後、東京カレッジのYouTubeチャンネルに英語と日本語の二つの版でアップロードされます。チャンネルの登録者数は6600人、総視聴回数は75万回を越えるまでになりました。
東京カレッジの内部では、「アイデンティティ」「ジェンダーとセクシュアリティ」「サステナビリティと社会」「言語とアイデンティティ」など、いくつかの共同研究グループができ、共同執筆論文集の編集、読書会や連続シンポジウムの開催など活発な共同研究活動が展開されるようになりました。この点は、オクスフォードやケンブリッジのカレッジ、フランスのコレージュには見られない東京カレッジの誇るべきユニークな特徴です。
このように、設置された時には私と2人の副カレッジ長、それに職員が数人いるだけだった東京カレッジは、過去4年の間に急速に成長し、その活動の幅を大きく広げてきました。これは何よりもまずカレッジに所属する研究者や職員の熱意と努力の賜物です。役員会や大学本部職員によるタイミングのよい支援、他部局の教職員の惜しみない協力にもずいぶん助けられました。そして、東京カレッジの成長を暖かく見守り、公開イベントへの参加という形の強力な支援を下さった国内外の研究者・知識人、学生、一般市民にも大いに感謝しています。
現在の東京カレッジは、人間でいえば、ようやくよちよち歩きを始めたくらいでしょうか。大きな可能性を秘めていることは間違いありませんが、それと同時に、まだ多くの苦難が待ち構えているはずです。この文章をお読み下さった皆さんお一人お一人が、ぜひ積極的に東京カレッジの今後の発展に関わって頂きたく思います。ご意見やご提案をどうぞ私宛にお気軽にお寄せください(masashi.haneda@tc.u-tokyo.ac.jp)。「共に考える」は、東京カレッジが設立以来大事にしているもう一つの理念なのです。