交差する安全な場所:日本における障がいを持つLGBTQ移民の課題と機会
東京カレッジのジェンダー、セクシュアリティ、アイデンティティ共同研究グループのメンバーであるChunyan LI (ポストドクトラル・フェロー)と Jenni SCHOFIELD(訪問研究者)が、カラフル@はーとの中心的メンバーである翁長祐太氏と馬盛ミカ氏に、活動を通した経験と日本におけるLGBTQの健康と権利についてインタビューしました。カラフル@はーと(英語ではColorful Heart)は、東京を拠点に、メンタルヘルスの問題、発達障害、薬物使用依存症などを抱える、日本人および国際的なLGBTQコミュニティのメンバーを支援するピアサポートグループです。カラフル@はーとは日本語と英語の二言語で定期的にグループミーティング(カラフルミーティング)を開催し、参加者が安心して話し合い、自分の思いや経験を共有できる場を提供しています。ここ数年、カラフル@はーとは、日本のLGBTQ、健康、福祉団体と協力し、性的多様性とメンタルヘルスに関する認知度を高める活動を行っています。
翁長祐太:精神疾患や発達障害を抱えるLGBTQのための自助グループカラフル@はーと代表。双極性障害の当事者としてLGBTQコミュニティ内のメンタルヘルスに関するアドボケイトを実践している。HIVの予防薬PrEPに関する啓発活動に努めている。
馬盛ミカ:カラフル@はーとでセクシュアルマイノリティ女性の会と英語話者の会のファシリテーターを務める。
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1. カラフル@はーとは、どのようにして設立されたのでしょうか?
翁長氏:2016年4月に5人のLGBTQ当事者でグループを結成しました。スタート時のメンバーは、私を含め全員メンタルヘルスの問題を抱えている人たちでした。具体的にはうつ病、双極性障害、発達障害、アルコール・薬物依存症、HIV陽性、性暴力のサバイバーなどです。私たちは、LGBTQコミュニティの中で自分自身が抱えるメンタルヘルスの問題を話しにくいと感じており、同様の問題を抱える人たちと出会い、これまでの経験やいま直面している問題や悩みを共有するための安全な場所を自分たちで作ることにしました。毎月ミーティングを定期開催する他、ゲストを迎えての勉強会やトークイベントも開催しています。また、外部機関の研究にも協力しています。現在は、HIVの予防薬PrEPに関する啓発活動も行っています。
2. カラフル@はーとが直面している/直面していた課題は何ですか?
翁長氏:活動を始めた当初は、LGBTQコミュニティ内でグループが認知されていなかったこともあり、参加者がなかなか集まりませんでした。ソーシャルメディアを使って広報を始め、リーフレットを作成しクリニックなどに設置をお願いしたところ、少しずつ参加者が増えてきました。現在、少人数のボランティアスタッフで運営しており、活動を共にしてくれるスタッフをもう少し増やしたいと考えています。活動資金が脆弱なため、有給職員はいません。私を含め全員がほかの仕事をしながら活動しているため、グループ活動と仕事、プライベートの時間をいかに確保するかが、ここ数年の課題となっています。
馬盛氏:私は2021年からカラフル@はーとで働き始めました。それ以降に直面した問題に関して語らせていただきます。翁長さんが述べたとおり、より多くの資金とボランティアの参加が私たちのサービスと活動をより良くしていくために重要だと思います。翁長さんと私はフルタイムの仕事に就きながら、カラフル@はーとでボランティアとして働いているので、カラフル@はーとに費やせる時間は限られてしまいます。ボランティアメンバーが増えれば、ミーティンググループの種類を増やして、各グループごとに焦点を性的指向、ジェンダー、精神的問題などに絞り、参加対象を限定した活動が可能になります。例えば、当グループの一つであるセクシュアルマイノリティ女性グループには、自己の性認識としての女性も含めた全ての女性(一部はcis-femaleまたはtrans-female、他の一部はnon-binary)、性的少数派(レズビアン、バイセクシャル、パンセクシャル、アセクシャルなど)、および精神的問題(発達障害、気分障害、人格障害、身体症状障害、物質関連障害など)など様々な問題を抱えた参加者が参加しています。英語話者グループには、すべての性別、性的指向、精神的問題を抱えた人々が参加対象に含まれます。現状の参加対象設定は、全参加者の問題を網羅するにはあまりにも一般的すぎ、2時間という限られた時間内で参加者が共感しあうことは難しいかもしれません。
ボランティアの参加に関して言えば、日本では、人々が自分たちの人生の在り方について考え、様々な生き方があることを知り、ボランティア活動が人生を豊かにする一つの方法であることに気づき始めたばかりです。そのため、多くのボランティア申請を受けるまでには時間がかかるかもしれません。
活動資金に関して言えば、イベントやパンフレット作成は企業からの寄付金等によって支えられています。一定の期間継続して付与されるファンディングを得ることができれば、ボランティアの交通費を補償したり、参加時間に対して報酬を支払うことができます。しかし、個々のスタッフがボランティアに割ける時間を鑑みると、活動資金支援の申請ばかりに時間を費やすこともできません。今の目標は、少なくとも参加者がいつでも立ち寄れる空間を提供するため、現行のミーティングを定期的に開催し続けることです。
3. 内閣官房副長官の最近の発言は、グループや個人にどういった影響を与えましたか?
翁長氏:Twitterのタイムラインで毎日新聞が号外(速報)で差別発言を報じたことを見かけ、そのニュースを知りました。LGBTQコミュニティに対する攻撃的で偏見を助長する差別発言は、政治家やその周囲の人たちによって、数年来繰り返されてきました。今回の発言は極めてひどい内容で、一線を越えたものです。「見るのも嫌、隣に住んでいるのも嫌」。これは蔑視が明らかで言い訳できる類の発言ではありません。発言が報じられてから数日間、頭からこのニュースが離れませんでした。
馬盛氏:私自身も、今では解任された内閣総理大臣秘書官のニュースに衝撃を受けました。彼の発言はLGBTQメンバーに対する憎悪に満ちていました。「(私は)(LGBTQカップルの)隣に住みたくない」、「(私は)彼らを見るのさえ嫌いだ」と言うことは、官僚として許されることではありません。彼の発言がオフレコであったとしても、LGBTQの人々を侮辱するカジュアルな会話が許容される政治文化があることは根深い問題です。
官僚は(もちろん政治家もそうですが)自身の社会的影響力を理解し、発言や行為に責任を持ち、自国民に等しく仕えるために自分の行動を正すべきだと思います。 私は、セクシュアルマイノリティ女性グループと英語話者グループでの会話を通し、この事件が当該参加者に与えた心の痛みが大きなものであったと感じました。例えば、この出来事を忘れることができず何度も思い返したり、動揺を抑えられなかったり、不眠になったり、または体調不良を起こしたり、心理的な動揺や、それに伴う身体上の影響が生じたと語る参加者もいました。元秘書官の発言だけではなく、その発言から派生した影響も心身の不調を引き起こす原因となりました。傷に塩を塗るように、この事件に関してSNS上に反LGBTQコメントが多数あがり、参加者に心理的・身体的なダメージを与えています。参加者の多くは、SNSを主要な交流ツールとしています。中には心理的・身体的な問題や財政的な理由で、友達を作るために外出することがままならない参加者もいます。 従って、LGBTQであり精神疾患や発達障害を持っている「複合マイノリティ」(double minority)のメンバーは、LGBTQに対する悪意のあるコメントに心を傷付けられやすく、こういったSNS上での誹謗中傷は彼らの心理と身体に更なるダメージを与える可能性があります。
4. ご自身の経験に基づき、日本のLGBTQ移民に対して文化的に適切なメンタルヘルス支援を行う際に何が重要だとお考えですか?
翁長氏:メンタルヘルスの問題を抱える人たちが利用する社会資源には、電話相談、クリニックでの診察やカウンセリングなどがあります。例に挙げたような場面で第1言語ではない外国語で、不安や葛藤などの不調を語ることは誰にとっても難しいことではないでしょうか。医療やカウンセリングを提供する人たちが、LGBTQコミュニティについて理解することも大切だと思います。異性愛とシスジェンダーを前提にしない問診や会話が重要です。言語とLGBTQコミュニティ独特の文化の理解は、外せない大切な要素だと思います。
馬盛氏:翁長さんが述べたように、病院やメンタルヘルスクリニック、市役所・区役所などでの外国語サービスの拡充が必要です。東京のような大都市では、英語、中国語、その他の外国語でのサービスがあるかもしれませんが、より小さな地方都市ではそのようなサービスが不足している場合があります。LGBTQに関連する問題には、文化的にきめ細やかなケアが特に必要です。サービス提供者は、無思慮な発言や無意識の偏見や差別によって相手を傷つけるマイクロアグレッションを通じてLGBTQのクライアントや患者を不快にさせるべきではありません。無思慮な発言やマイクロアグレッションは「知らない」ということから引き起こされます。状況を改善するためには、LGBTQ、心理・身体障がい、移民、人種・民族などの教育をカリキュラムに含め、年に一度のコースの履修を義務化する必要があるのではないでしょうか。さらに、すべての外国人が自分の言語でサービスを受けたいわけではない、ということも念頭に置く必要があります。東アジアの国出身の英語話者ミーティングの参加者の中には、通訳者が友人の知り合いかもしれないということを危惧して、日本語のサービスだけを扱うメンタルクリニックに行くと報告している方もいました。
5. 近年、LGBTQの方、障がい者、移民など、マイノリティに属する人々に対して社会の受容力が高まっていると感じることはありますか?
翁長氏:LGBTQの人たちに対する社会の認識と受容は、確実に上昇しています。さまざまなグループや個人が地道な活動を積み重ねた結果だと思います。障害に関しては、視覚障害、聴覚障害、身体障害など、認識されやすい障害は、従来から多くの人たちに受容されているように感じます。メンタルヘルス関連の障害は、パッと見ただけではわかりにくいためか、自分には無関係なよくわからないものと捉えられ、さまざまな疾患や障害が混同されている印象を受けます。移民については、外国人が多く居住する地域の人たちにとっては、身近な存在となってきているでしょう。ただし東京であっても、海外のほかの大都市(ロンドン、ニューヨーク、パリなど)と比較すると、多民族・多文化の社会ではありません。
馬盛氏: 20年前に比べると、日本社会はマイノリティを受け入れるようになっていると思います。LGBTQの問題、心理的・身体的な障害、移民の問題が、日本社会でより可視化されるようになりました。一方で、彼らがもっと質の良い生活を享受できるようにするためには、さらなる改善が必要です。例えば、日本企業もグローバル企業のようにLGBTQの平等や人種差別に対する従業員の教育や研修を行うべきです。心理的障害については、各障害の区別や症状を区別する十分な知識がないため、より多くの公的な教育が必要です。日本には、心理的症状がどのようなものであるか分からず、また、幸せな日々を送るための治療が必要であるかもしれないということに気付いていないが故に、臨床心理学者・精神科医に診療を受けずにいる潜在的な患者がいるのではないかと思っています。心理的問題は誰にでも起こり、精神疾患は「おかしい人たち」に限られたものではありません。
精神医学・心理学は日々進歩しており、精神疾患の生物学的原因が徐々に解明されてきています。近い将来、多くの心理的問題が生物学的、心理学的科学で解明されていくことでしょう。科学的原因解明により、精神疾患を患う人たちへの不必要な差別と烙印が減少していくのではないかと思います。身体的障害については、公共の場所でのアクセシビリティをより改善する必要があります。大きな都市の比較的新しい建物や駅にはエレベーターがありますが、地方都市ではアクセシビリティを改善する必要があります。また、身体的障害を持つ人々が公共交通機関をより簡単に利用できるようにするためには、例えば、電車と駅のプラットフォーム、バスと通りの間の隙間に車椅子用ランプを備え付けるなど、インフラを再建する必要があります。移民については、英語だけでなく、彼らの言語での情報資源が不可欠です。
そして、これらの要望やニーズが日本社会に届けられるべきだと思っています。日本文化は忍耐と沈黙を尊ぶ傾向がありますが、社会は変化しています。私たちはより多くの変化を求めるために声を上げ続ける必要があります。
6. 豊富な資金とリソースが提供された場合に、これから取り組みたいことを3つ教えてください。
翁長氏:2017年からHIVの感染予防薬PrEPに関する啓発活動を続けています。映画に日本語字幕をつけて公開したり、HIVの専門医でPrEPに関する研究を行っているドクターを招いて学習会を開催したり、PrEPに関する情報を日本語で提供するウェブサイトを運営してきました。潤沢な活動資金を得ることができたら、PrEPに関する活動をこれまで以上に充実させたいです。日本では予防薬として薬事承認されておらず、処方可能な医療機関も少なく、服用を希望する人たちへのサポートも行き届いていません。経験豊富なLIさんと一緒にスマートフォン用のアプリケーションを開発するのもいいアイディアだと思います。ほかには、メンタルヘルスに関しても、PrEPに関しても、先進的な取り組みを行っている海外のグループと交流して、お互いに学ぶ機会を得たいです。最後に、これは首都圏に限定されると思いますが、LGBTQフレンドリーな社会資源のリストを作成したいです。日本人だけでなく、海外から来て日本に居住する人たちも便利に使えるウェブサイトと冊子の制作を考えています。
馬盛氏:もし豊富な資金とリソースがあれば、先述した自助グループのファシリテーターを雇用したいと思います。東京でのグループのカテゴリーを増やすだけでなく、東京に来られない方々のために他の都市でも自助グループを開催したいです。次に、ファシリテーターのトレーニングプログラムを立ち上げたいと思います。トレーニングには、自助会を開催するためのスキルやテクニック、セラピーの知識、LGBTQの研究、精神科学の知識(例えば、ASDグループのための精神学的研究、トランスグループのためのトランスジェンダー研究など)が含まれます。さらには、社会福祉士もしくは精神保健福祉士を雇用し、参加者が自分の住んでいる区・市で利用できる福祉サービスや職業訓練等の情報に関する定期的なワークショップを開催したいです。
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翁長氏と馬盛氏へのLGBTQの権利とメンタルヘルスについてのインタビューから、平等性と包括性は抽象的な概念ではなく、私たちすべての日常の経験であることが強く思い起こされました。彼らの声を大きくすることで、異なるバックグラウンドを持つ個人間の理解を深め、すべての人々が公平な健康へのアクセスを享受し、自分らしさを称える未来に向けて共に働くことを願っています。このブログについてご質問やコメント、ジェンダーやセクシャリティに関する今後のブログのアイディアがありましたら、Chunyan LI(li.chunyan@mail.u-tokyo.ac.jp)までお気軽にお問い合わせください。